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「不正アクセス」とは? ―― 種類と脅威・対策を解説

1. はじめに

近年、企業を狙ったサイバー攻撃が急増し、情報セキュリティの重要性がかつてないほど高まっています。2025年上半期だけでも、国内で1,027件ものセキュリティインシデントが報告され、その中でも「不正アクセス」が最も多くを占めています[1]

企業の情報システム部門にとって、「不正アクセス」という言葉は耳にする機会が多いでしょう。しかし、その実態や具体的な手口については、漠然とした理解にとどまっているケースも少なくありません。本記事では、不正アクセスの種類、リスク、そして必要な対策について詳しく解説します。

2. 「不正アクセス」の種類

不正アクセスには様々な攻撃手法が存在します。それぞれの特徴と被害例を理解することで、自社に必要な対策を見極めることができます。

2-1. パスワードリスト攻撃

他のサービスから流出したID・パスワードの組み合わせを使用し、複数のサービスへのログインを試みる攻撃です。IDとしてメールアドレスを利用するサービスが多いことから、ユーザーが同じパスワードを使い回している場合、容易に不正ログインされてしまいます。

被害例: 2024年、動画サービスがパスワードリスト攻撃を受けてユーザーの個人情報が漏洩したほか、一部のアカウントでは不正購入の可能性も発生しています。

2-2. ブルートフォースアタック(総当たり攻撃)

パスワードの可能な組み合わせを片っ端から試して、正しいパスワードを見つけ出す攻撃手法です。単純なパスワードや短いパスワードは、比較的短時間で突破されてしまいます。

被害例: 地方自治体のWebサイトで、管理者アカウントがブルートフォース攻撃により突破され、サイトが改ざんされる事件が発生しています。

2-3. SQLインジェクション

Webアプリケーションの入力フォームなどに不正なSQL文を挿入することで、データベースを操作する攻撃です。情報漏洩だけでなく、データの改ざんや削除も可能になります。

被害例: 2024年、ある会員制サイトが脆弱性を突かれ、約29万件の個人情報(氏名、メールアドレス、電話番号)が流出しました。

2-4. 認証情報の窃取(フィッシング攻撃など)

フィッシング攻撃は、正規の企業やサービスを装ったメールおよび偽のWebサイトを使い、ユーザーから認証情報を騙し取る手法です。巧妙に作られた偽サイトは、一見しただけでは見分けがつきません。

被害例: 大手通信事業者を装ったフィッシングメールにより、複数の企業で従業員のアカウント情報が窃取され、社内ネットワークへの侵入を許す事案が発生しました。

他にもXSS(クロスサイトスクリプティング)や中間者攻撃、マルウェアによって認証情報を盗み不正アクセスを行うケースもあります。

2-5. ランサムウェア攻撃

マルウェアの一種で、システムやデータを暗号化し、復旧と引き換えに身代金を要求する攻撃です。近年では、データを暗号化するだけでなく、機密情報を窃取して公開すると脅迫する「二重恐喝」も増加しています。

被害例: 2024年、ある製造業の企業がランサムウェア攻撃を受け、生産ラインが数週間停止。復旧費用と機会損失を合わせて数億円規模の被害が発生しました。

2-6. リモートデスクトップ経由の侵入

テレワークの普及に伴い増加している攻撃です。リモートデスクトップ(RDP)の脆弱性や弱いパスワードを狙い、社内ネットワークへの侵入を試みます。

被害例: 中小企業のRDP接続が侵害され、業務データが暗号化される被害が複数報告されています。警察庁の調査では、2024年上半期だけで114件のランサムウェア被害が確認されています[2]


【コラム】法律用語の「不正アクセス」と一般的な「不正アクセス」の違い

「不正アクセス」という言葉には、法律上の定義と、一般的に使われる意味の間に違いがあることをご存知でしょうか。

不正アクセス禁止法における定義

不正アクセス禁止法(正式名称:不正アクセス行為の禁止等に関する法律)では、「不正アクセス行為」を以下のように定義しています[3]:

  • 他人のID・パスワードを無断で使用してシステムにログインする行為
  • システムの脆弱性を突いて、本来アクセス権限がない機能を利用可能な状態にする行為

この法律では、不正にアクセスする行為そのものだけでなく、不正アクセスのためのID・パスワードの不正取得や保管、他人への提供なども処罰対象となります。

一般的な「不正アクセス」の意味

一方、セキュリティの現場やビジネスの文脈で使われる「不正アクセス」は、より広い意味を持ちます。法律で定義された行為に加えて、以下のような行為も含まれます:

  • マルウェアによるシステム侵害
  • ソーシャルエンジニアリング(人間の心理的な隙を突く手法)
  • 内部関係者による権限濫用

つまり、法律用語としての「不正アクセス」は限定的な定義ですが、実務上は「正当な権限なく、または権限を超えてシステムやデータにアクセスする全ての行為」を指すことが一般的です。

本記事では、後者の広義の意味で「不正アクセス」という言葉を使用しています。


3. 「不正アクセス対策」に必要なこと

不正アクセスから企業を守るには、技術的な対策だけでなく、組織全体でのセキュリティ意識向上が不可欠です。

3-1. 多要素認証(MFA)の導入

パスワードだけでなく、SMSやアプリによるワンタイムパスワード、生体認証などを組み合わせることで、パスワード漏洩時のリスクを大幅に軽減できます。

推奨事項:

  • すべての重要なシステムにMFAを実装
  • 特にリモートアクセスには必須で導入
  • ユーザーへの教育と導入サポートを実施
  • 可能であれば、より効果のあるパスキーを導入

3-2. アクセス権限の適切な管理

「最小権限の原則」に基づき、各ユーザーに必要最小限の権限のみを付与します。退職者や異動者のアカウント管理も徹底しましょう。

推奨事項:

  • 定期的な権限の棚卸し(最低でも四半期に1回)
  • 特権アカウントの厳格な管理
  • アクセスログの監視と定期的なレビュー

3-3. 脆弱性管理とパッチ適用

システムやアプリケーションの脆弱性は、不正アクセスの主要な侵入経路です。脆弱性情報を継続的に収集し、迅速にパッチを適用する体制を整えましょう。

推奨事項:

  • 脆弱性スキャンの定期実施(月次推奨)
  • クリティカルな脆弱性には24時間以内の対応
  • 脆弱性管理台帳の整備と更新

3-4. セキュリティ監視とインシデント対応

不正アクセスを早期に検知し、被害を最小限に抑えるための監視体制が重要です。

推奨事項:

  • SIEM(Security Information and Event Management)の導入による統合ログ管理
  • 異常なアクセスパターンの自動検知
  • インシデント対応手順書(プレイブック)の整備
  • 定期的なインシデント対応訓練の実施

3-5. 従業員教育とセキュリティ意識の向上

技術的対策だけでは不十分です。従業員一人ひとりがセキュリティリスクを理解し、適切な行動をとることが重要です。

推奨事項:

  • 定期的なセキュリティ研修の実施(年2回以上)
  • フィッシングメール訓練の実施
  • セキュリティポリシーの周知徹底
  • インシデント発生時の報告ルートの明確化

3-6. バックアップとBCP(事業継続計画)

万が一不正アクセスによる被害を受けた場合でも、事業を継続できる体制を整えておくことが重要です。

推奨事項:

  • 定期的なバックアップの実施(3-2-1ルール:3つのコピー、2種類の媒体、1つはオフサイト)
  • バックアップからの復旧手順の文書化と定期的なテスト
  • ランサムウェア対策としてのイミュータブル(改ざん不可)バックアップの検討

3-7. サプライチェーンセキュリティ

自社だけでなく、委託先やパートナー企業のセキュリティレベルも重要です。2025年上半期のインシデントでは、サプライチェーン経由の攻撃が大幅に増加しています[1:1]。

推奨事項:

  • 委託先のセキュリティ評価の実施
  • 契約におけるセキュリティ要件の明確化
  • 委託先との定期的なセキュリティレビュー
  • インシデント発生時の連絡体制の構築

4. まとめ

不正アクセスは、企業の事業継続や信頼性に重大な影響を与える脅威です。2025年現在、サイバー攻撃はますます巧妙化・組織化しており、「うちは大丈夫」という考えは通用しません。

本記事で紹介した不正アクセスの種類と対策は、あくまで基本的な内容です。重要なのは:

  1. 継続的な取り組み - セキュリティ対策は一度実施すれば終わりではなく、継続的な改善が必要です
  2. 多層防御 - 単一の対策に頼らず、複数の防御層を組み合わせることが重要です
  3. 組織全体での取り組み - 経営層から現場まで、全員がセキュリティに責任を持つ文化を醸成しましょう
  4. 最新情報のキャッチアップ - 脅威は日々進化しています。IPAの「情報セキュリティ10大脅威」などの情報を定期的に確認しましょう

不正アクセス対策でお困りの際は、専門のセキュリティベンダーにご相談ください。現状のリスク評価から具体的な対策の実装まで、貴社に最適なセキュリティソリューションをご提案いたします。


参考資料・出典


  1. デジタルアーツ株式会社「2025年上半期国内セキュリティインシデント集計」https://www.daj.jp/security_reports/49/
  2. 警察庁「令和6年上半期におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」 https://www.npa.go.jp/publications/statistics/cybersecurity/data/R6kami/R06_kami_cyber_jousei.pdf
  3. 総務省「不正アクセス行為の禁止等に関する法律」https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/cybersecurity/kokumin/basic/legal/09/

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Blue Teamリーダー  横尾 駿一
Blue Teamリーダー 横尾 駿一
2013年より事業会社にて情報セキュリティ業務に従事。その後警視庁入庁し、特別捜査官(サイバー犯罪捜査官)として不正アクセス事件、電子計算機使用詐欺事件、マルウェア・ランサムウェア事件などの各種サイバー犯罪・サイバー攻撃事案について、解析の中核を担う。 現在は、BlueTeamの責任者として、企業のセキュリティインシデント対応に従事する。

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