フォレンジック調査の手順と流れ:セキュリティ調査で何が行われているのか

はじめに

企業のセキュリティインシデントが発生した際、「フォレンジック調査」という言葉を耳にすることが多くなりました。しかし、実際にフォレンジック調査でどのような手順で何が行われているのかを詳しく知る機会は少ないのではないでしょうか。

フォレンジックとは、デジタル機器に残された証跡を科学的手法で解析し、インシデントの全容を明らかにする調査手法です。単にデータを復旧するだけでなく、「いつ、誰が、何を、どのように」行ったかを特定し、再発防止策の立案まで含む包括的な調査プロセスなのです。

本記事では、セキュリティベンダーの立場から、フォレンジック調査の具体的な手順と各段階のポイントについて、分かりやすく解説いたします。「フォレンジック調査で何が行われているのか知りたい」という皆様にとって、全体像を把握していただける内容となっています。

フォレンジックの大まかな流れ

フォレンジック調査は、一般的に以下の5つのステップに分けられます。

  1. 準備・計画段階
  2. 証拠保全段階
  3. 証拠収集段階
  4. 解析・調査段階
  5. 報告・対応段階

これらのステップは相互に関連し合っており、前のステップの作業品質が後続の調査結果に大きく影響します。特に証拠保全を適切に実施できていない場合、重要な証拠が消失して発見できなくなってしまったり、法的に有効な証拠と認められなくなってしまう可能性もあります。

これらの各ステップを適切に実施するには専門的な知識と経験が必要であり、使用するツールや手法もそれぞれ異なります。また、調査対象となるデジタル機器(パソコン、サーバー、スマートフォン、ネットワーク機器など)によっても、適用する手順が変わってきます。

各手順の詳細とポイント

1. 準備・計画

このステップでは、調査の全体方針を決定し、必要なリソースと手順を計画します。

主な作業内容:

  • インシデントの概要把握と調査範囲の確定
  • 調査チームの編成と役割分担
  • 調査で使用するツールと機材の準備
  • 関係者への調査協力依頼

日本語には「段取り八分」という言葉がありますが、フォレンジック調査も同様です。特に、調査対象システムの稼働を継続しながら証拠を保全する必要がある場合、綿密な計画なしに作業を開始すると、業務が停止するなど大きな影響を与えてしまう可能性があります。また、このステップで関係者への説明を十分に行い、調査への理解と協力を得ることが、後の作業をスムーズに進める鍵となります。

2. 証拠保全

デジタル証拠の改変や消失を防ぐため、証拠を安全に保全します。

主な作業内容:

  • 対象機器の物理的確保と現状記録

  • ネットワークからの切り離し(必要に応じて)

  • メモリダンプの取得

  • ストレージの書き込み防止処理

  • チェーン・オブ・カストディ(証拠管理)の開始

  • フォレンジックイメージの作成

証拠保全は時間との勝負です。特にメモリ上のデータは電源が切れると消失してしまうため、迅速かつ適切な手順での保全が必要です。また、証拠の完全性を保証するため、作業の全過程を詳細に記録し、ハッシュ値による検証を行います。特に公判に繋がるような事案においては、証拠能力の維持という観点から非常に重要なステップといえます。

3. 証拠収集

保全された証拠から、調査に必要なデータを収集します。

主な作業内容:

  • 削除されたファイルの復旧
  • システムログやイベントログの収集
  • ネットワーク通信記録の取得
  • アプリケーション固有のデータ抽出

このステップでは、単に表面的なファイルを収集するだけでなく、削除されたデータや隠蔽されたデータも含めて包括的に収集します。OSやアプリケーションごとに記録されているデータや記録場所・記録方法が異なるため、必要な情報をもれなく収集するには高度な専門性と幅広い知識が必要となります。

4. 解析・調査

収集された証拠を詳細に分析し、インシデントの全容を解明します。

それぞれの証拠の意味を正確に捉え、かつそれらを組み合わせてインシデントの全容を解明する重要なプロセスです。

主な作業内容:

  • タイムライン分析による事象の時系列整理
  • マルウェア解析と攻撃手法の特定
  • アクセスログ解析による侵入経路の調査
  • データ流出範囲の特定
  • 攻撃者の属性や動機の推定

最も時間と専門知識・思考力を要するステップであり、単一の証拠だけでなく、複数の証拠を関連付けて総合的に判断する必要があります。

また、攻撃者が偽装工作を行っている可能性も考慮し、証拠の矛盾点や不自然な点を見逃さないよう注意深く分析します。最新の攻撃手法に関する知識も常にアップデートしておく必要があります。

5. 報告・対応

調査結果をまとめ、適切な対応策を提言します。

主な作業内容:

  • 調査結果報告書の作成
  • 経営層への報告と対応方針の協議
  • 被害範囲と影響度の評価
  • 再発防止策の提言
  • 必要に応じた関係機関への届出

技術的な調査結果を、経営層や関係者が理解しやすい形で報告することが重要です。単に「何が起きたか」だけでなく、「なぜ起きたか」「どう対処すべきか」を明確に示す必要があります。また、同様のインシデントの再発防止のため、具体的で実行可能な改善策を提言することが、フォレンジック調査の最終的な価値となります。

まとめ

フォレンジック調査は単なる技術的な分析作業ではなく、企業のセキュリティ態勢を根本的に見直す機会でもあります。各ステップを適切に実行することで、インシデントの全容解明と効果的な再発防止策の立案が可能となります。

重要なのは、フォレンジック調査は「事後対応」だけでなく「予防」の観点からも価値があることです。定期的な模擬調査の実施や、証拠保全体制の整備により、実際のインシデント発生時により迅速で効果的な対応が可能となります。

組織の情報システム部門の方については、フォレンジック調査の基本的な流れを理解し、信頼できるセキュリティベンダーとの連携体制を事前に構築しておくことをお勧めします。インシデント発生時の初動対応の質が、その後の調査の成否を大きく左右するからです。

セキュリティインシデントは「もしも」ではなく「いつか」起こる可能性の高い事象です。フォレンジック調査の重要性を理解し、適切な準備を進めることで、企業の重要な資産とビジネスの継続性を守ることができるでしょう。

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Blue Teamリーダー  横尾 駿一
Blue Teamリーダー 横尾 駿一
2013年より事業会社にて情報セキュリティ業務に従事。その後警視庁入庁し、特別捜査官(サイバー犯罪捜査官)として不正アクセス事件、電子計算機使用詐欺事件、マルウェア・ランサムウェア事件などの各種サイバー犯罪・サイバー攻撃事案について、解析の中核を担う。 現在は、BlueTeamの責任者として、企業のセキュリティインシデント対応に従事する。

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