
IPv4 over IPv6: ネットの速度と快適さを手に入れる技術
インターネットの標準的な基盤となっているIPv4はもちろんのこと、2000年に標準化されたIPv6も広く普及していますが、近年といってももう10年以上経ちますが、多くのプロバイダが推奨しているインターネット接続方式が「IPv4 over IPv6」です。これは、単に新しい技術というだけでなく、私たちがより快適にインターネットを利用するための重要な鍵となります。今回はこの「IPv4 over IPv6」を解説します。
また、IPv4とIPv6については以前に、こちらでも紹介してますのでご参考ください。
・続・IPアドレスの基礎知識:IPv6の現状
・続・IPアドレスの基礎知識:IPv4について
・IPアドレスの基礎知識:IPv4とIPv6の違いとは?
IPv4 over IPv6とは
簡単におさらいしておきましょう。IPアドレスにはIPv4とIPv6の2つのバージョンがあります。
IPv4(Internet Protocol version 4)は、インターネットが黎明期から使ってきた古い規格です。約43億個のIPアドレスが存在しますが、インターネットの普及により、このアドレスが枯渇し始めています。例えるなら、電話番号が足りなくなり、新しい番号(IPv6)を用意する必要が出てきたようなものです。
IPv6(Internet Protocol version 6)は、IPv4のアドレス枯渇問題を解決するために開発された新しい規格です。そのアドレス数は天文学的な数(ほぼ無限)であり、将来にわたってアドレス不足の心配はありません。
しかし、世の中のウェブサイトやサービスはまだIPv4で運用されているものが大多数です。そのため、IPv6のネットワークに接続しても、IPv4のサイトには直接アクセスできません。
「IPv4 over IPv6」は、この問題を解決する技術です。IPv6の広大なトンネルの中に、IPv4のデータをカプセル化(包み込んで)して通信を行うことで、IPv6環境からでもIPv4のウェブサイトにアクセスできるようにします。 この技術は、例えるなら、新しい高速道路(IPv6)を走る車(IPv4のデータ)を、専用のキャリアーに乗せて運ぶようなものです。これにより、私たちはIPv6の高速道路の恩恵を受けながら、従来のIPv4の世界にもスムーズにアクセスできるのです。
IPv4 over IPv6を使う理由
IPv4 over IPv6を使う主な理由は、インターネットの速度向上です。これは、従来の接続方式(PPPoE)と、新しい接続方式(IPoE)の違いに深く関係しています。
接続方式の違い: PPPoEとIPoE
インターネット接続には、主にPPPoEとIPoEという2つの方式があります。
PPPoE(PPP over Ethernet)
PPPoEは、インターネット黎明期から使われてきた認証方式です。
- 通信の仕組み: 各利用者は、プロバイダが提供する網終端装置に接続するために、認証手続き(ユーザーIDとパスワードの入力)を行います。
- 課題: この網終端装置は、一つのプロバイダで共有されるボトルネックとなりやすいのです。多くの利用者が同時にアクセスすると、この装置に負荷が集中し、通信速度が低下します。特に夜間など、多くの人がインターネットを利用する時間帯に「ネットが遅い」と感じるのは、このPPPoEの混雑が主な原因であることが多いです。
IPoE(IP over Ethernet)
IPoEは、IPv6接続で主に使われる新しい接続方式です。2011年頃から利用できるようになっています。
- 通信の仕組み: IPoEは、PPPoEのような認証手続きを経ず、ダイレクトにインターネットに接続します。これは、よりシンプルで効率的な接続方法です。
- 利点: PPPoEのボトルネックとなっていた網終端装置を経由しないため、回線が混雑しにくく、高速で安定した通信が可能になります。例えるなら、PPPoEが有料道路の料金所を通過するようなものだとすれば、IPoEは料金所のないスムーズな高速道路を走るようなものです。
なぜIPoEの方が速いのか
IPoEがPPPoEよりも速い理由は、先述の通り、混雑ポイントの有無にあります。
PPPoEでは、すべての接続が網終端装置というゲートウェイに収容されます。このゲートウェイは物理的に処理できるデータ量に限界があるため、利用者が増えると渋滞が発生します。これは、交通量の多い交差点で信号待ちをするような状態です。また、1つの接続ポイントには通常複数台の網終端装置が設置され、多数の接続を収容します。
余談ですが、タイミングによって混雑している網終端装置に接続すると遅くなり、比較的空いている網終端装置に接続すると快適という状態が発生してしまい、一部の界隈では「PPPoEガチャ」などと呼ばれたりもしました。特に2020年以降のコロナ禍によるテレワーク需要の増加に伴い、仕事でも自宅からインターネット経由でオンライン会議を行うなど、通信量が大幅に増加したため「PPPoEは遅い」という認識が広まったのではないかと思います。
さらに余談ですが、PPPoEはその名前の通りPPP(Point To Point)というプロトコルをイーサネット上で利用するように改良されたものです。元になったPPPプロトコルは、かつてインターネット接続が現在のフレッツ光ネクストのような常時接続ではなく、電話回線を使ってダイアルアップを行って接続する時に使用されていたプロトコルです。おそらくですが、PPPの認証方式やユーザー管理などをそのまま利用して常時接続に対応させるためにPPPoEが作られたのではないかと思います。
一方IPoEは、この網終端装置を経由しません。IPv6のネットワークは、PPPoEとは異なる新しい経路を利用するため、混雑が起こりにくいのです。さらに、IPv6自体がより効率的な通信プロトコルであることも、速度向上に貢献しています。IPv4 over IPv6は、この混雑していないIPoEの経路を使い、IPv4の通信を「トンネル」のように通すことで、従来のIPv4通信を高速化しています。ただ、IPoEにはいくつかの方式があり、プロバイダによって利用可能な方式が異なったり、機器側の対応も異なりますので注意が必要です。
IPv4 over IPv6のメリット・デメリット
IPv4 over IPv6 (IPoE)のメリット・デメリットについて見ていきましょう。
メリット
- 通信速度の向上: 従来のPPPoEのボトルネックを回避するため、特に混雑しやすい時間帯でも快適な速度が期待できます。
- 安定性の向上: 混雑が少ないため、通信が途切れたり、不安定になったりするリスクが低減します。オンラインゲームや動画視聴など、安定した通信が必要なサービスに最適です。
- IPv4サイトへのアクセス可能: IPv6ネットワークを利用しながらも、従来のIPv4サイトやサービスに問題なくアクセスできます。
- 設定が比較的簡単: 対応ルーターがあれば、設定は比較的簡単に行えます。多くのプロバイダがIPv4 over IPv6サービスを標準で提供しています。
デメリット
- 対応機器が必要: IPv4 over IPv6を利用するには、対応したルーター(ホームゲートウェイ)が必要です。非対応の古いルーターを使っている場合は、買い替えやレンタルが必要になりますが、現在販売されている機器はほぼ対応していると考えてよいかと思います。
- 一部のサービスで不具合の可能性: ごく一部の特殊なオンラインサービスやVPN(仮想プライベートネットワーク)サービスで、IPv4 over IPv6環境での動作保証がない場合があります。ただし、これは非常に稀なケースです。
- プロバイダの対応状況: まだすべてのプロバイダがIPv4 over IPv6サービスを提供しているわけではありません。利用を検討する際は、契約中のプロバイダが対応しているか確認が必要です。
今後の展望
インターネットの通信量は今後も増え続けることが予想されます。特に4K/8K動画の普及、IoT(モノのインターネット)機器の増加、クラウドサービスの利用拡大などがその要因です。
IPv4 over IPv6は、現在のIPv4のボトルネックを回避し、IPv6へのスムーズな移行を促すための重要な架け橋として機能します。IPv4は既に涸渇(新たな割り当てができない)状況ですので、いずれはIPv6に対応したウェブサイトやサービスが増え、IPv4のサイトやサービスを上回る時が来るでしょう。IPv4 over IPv6が利用されなくなることはないとは思いますが、IPoEによる純粋なIPv6の通信が主流になる日もいつか来ると思います。
それまでの間、IPv4 over IPv6は、私たちがインターネットをより快適に利用するための現実的な解決策として、今後も重要な役割を果たし続けるでしょう。もし現在のインターネット接続速度に不満を感じているなら、ご自身の契約プランを見直し、IPv4 over IPv6への移行を検討してみる価値は大いにあります。