【2026年版】なぜパスワードの長さが重要なのか

AI時代の最新技術は対策の甘い人を狙う

前回のブログでは、セキュリティはITという道具を使いこなすための「加速装置」だとお伝えしました。今回は、その装置を安全に動かし続けるための、もっと身近で、驚くほど効果的な「守りのコツ」をお話しします。

最新のAIや、すごいコンピューターを使えば、どんなパスワードもすぐ破られるのでは?」と思われるかもしれません。ですが実際には、利用者が自分で変えられる対策の中に、攻撃者のコストを大きく押し上げる基本があります。それが、パスワードの「長さ」です。

1. 「長さ」は攻撃者に“割に合わない”と思わせる魔法

サービスの運営側が、パスワードをどのような方式で保管しているかを、利用者が正確に知るのは簡単ではありません。適切にハッシュ化されているのか、古い方式のままなのかは、多くの場合ブラックボックスです。だからこそ、利用者自身がコントロールできる「長さ」「使い回し防止」が重要になります。

大規模な攻撃では、ログイン画面への試行よりも、流出した認証情報の使い回しや、漏えいしたハッシュのオフライン解析が狙われることがあります。

このような攻撃を行うサイバー攻撃者は、企業のセキュリティの隙を突き、ハッシュ化されたパスワード情報を手元の環境に持ち帰ります。そして、手元の超高性能なコンピューターを使い、インターネットから切り離された環境で、「答え合わせ(オフライン解析)」を行うのです。

多くの場合、サイバー攻撃者は複雑な仕組みそのものを破るより、もっと簡単な「パスワードの総当たり」「推測しやすいパターン」を狙います。そのため、利用者が自分で強化できる対策として、パスワードの長さが重要になるのです。

つまり、企業にとっても、私たち利用者にとっても、パスワード認証を使う以上、長さは利用者が自分で強化しやすい、非常に効果の高い防御策の一つです。

GPU 1枚・MD5ハッシュ・総当たり攻撃を想定した概算解析時間の比較表
MD5のような高速ハッシュを想定した攻撃者に有利な条件で、ここではあくまで「長さが増えると候補数が指数的に増える」ことを直感的に示すため、単純化した例を掲載しています。

桁数

マシン構成

英小文字26種類

英大小文字52種類

8文字

RTX 4090

約1.3秒

約5.4分

RTX 5090

約0.8秒

約3.2分

12文字

RTX 4090

約6.7日

約75年

RTX 5090

約4.0日

約44年

20文字

RTX 4090

約38億年

約4,082兆年

RTX 5090

約22億年

約2,420兆年

※GPUはRTX4090とRTX5090ともに公開実測からの数値で記載しています。実際のサービスがbcryptやArgon2等の低速ハッシュを使用している場合、解析時間は数百倍〜数千倍以上長くなります。桁数は、8文字、12文字、20文字は比較のための例です。

注目してほしいのは、「8文字」と「20文字」の圧倒的な差です。GPUの進化や文字種の増加よりも長さのほうが圧倒的に効果が大きいです。8文字だと一瞬ですが、20文字になると現実的には到底試しきれない時間が必要になります。私たちが文字数を少し増やすだけで、サイバー攻撃者の対象から外れる可能性を劇的に高めることができます。そして、記号を無理に増やして覚えにくくするより、まずは無理なく長くするほうが効果的なことが多いです。

ただし、実際のサービスや社内システムでは、文字数の上限や使える記号の制限があることが多いです。だからこそ大切なのは、「理想どおりの最長」にこだわることではなく、その環境で許される範囲の中で、できるだけ長く、推測されにくくすることです。
制限が厳しい場合は、長さだけで守ろうとせず、2要素認証やパスワード管理アプリを組み合わせることが現実的な対策になります。

2. 「AI」や「クラウド」は魔法ではない:セキュリティの経済学

ここで、一番大切な「本質」のお話をします。
最新のAIやクラウドなら、もっと早く解けるのでは?」という不安もあるでしょう。しかし、現実はそう甘くありません。

  • AIができること: AIは総当たりそのものを魔法のように高速化するわけではなく、人間が選びがちな候補を優先して試すことで、弱いパスワードをより効率よく見つける方向で役立ちます。しかし、ランダム性の高い長いパスフレーズには効果が限定的です。
     
  • クラウドの限界: たとえ1万台のコンピューターを並列稼働させてパワーを1万倍に高めても、22億年が22万年に短縮されるにすぎません。しかもRTX 5090クラスのGPUをクラウドで1万台・1時間稼働させると、AWS等の公開料金をもとにした試算では数億円規模のコストがかかります。

つまり、セキュリティは技術の競争ではなく「経済学」なのです。
サイバー攻撃者は、投資対効果(ROI)を求める「ビジネスマン」です。彼らも「得られる利益」よりも「かかるコスト」が大きければ、その攻撃は諦めます。

22万年もかかる作業に莫大なコストをかけても、これではビジネスとして成り立ちません。これほど効率の良い防御策はありません。万能に見える最新技術でも、この圧倒的な「コストの壁」を大きく縮めるのは容易ではありません。

また、最新技術は私たちの敵ではなく、むしろ対策が不十分なところを狙うための道具になっている、という認識が重要です。

3. スマホは「紛失・盗難」を前提に備える

セキュリティは、特別なハッカー対策だけでなく、日常の隙をなくすことも大切です。

今のスマホは、2要素認証の確認コードやメールの受信など、あらゆるログインを支える重要な入口になっています。さらに、スマホ内のメモ帳などに、IDやログイン情報をつい記録したままにしていることもあるでしょう。

つまり、スマホを失うことは、家の鍵だけでなく、『金庫の暗証番号(パスワード)』までセットで手渡してしまうようなものです。だからこそ、紛失や盗難に備えて、画面ロックを必ず設定しておきましょう。ロック解除にかかる数秒の手間が、不正アクセスを防ぐ大きな助けになります。

4. 今日からできる、賢い「隙」の埋め方

(1) パスワードは、自分だけが覚えやすい複数の単語や記号を組み合わせて長くする
(例えば、AIは「Sakura123」や「Password2024」のような“人間がつけがちな短いパターン”は当てやすい一方、「ringo-tabeta-2026-sakura」のような長いフレーズは短いフレーズに比べて大幅に解析が難しくなります)
※文字数制限がある場合は、覚えやすい単語の組み合わせをベースに、無理のない範囲で短く調整しましょう。

(2) スマホのロックは必ず設定する

(3) 桁数制限があるなら「2要素認証」をオンにする(パスワードの短さを補う強力な盾になります)

(4) スマホを置くときは「画面を下」にする(物理的な覗き見防止になります)

(5) 覚えられないなら「パスワード管理アプリ」を頼る(『マスターパスワードの長さ』だけは必ず最強に設定してください)

なぜこれをやるのか」を知れば、面倒な作業は「知的な戦略」に変わります。地味な基礎固めこそ、ITを最速で使いこなすための近道なのです。

また、AI などの最新技術は、対策が不十分なアカウントや使い回しパターンを見つけやすくしています。今日、あなたがパスワードを数文字増やし、スマホにロックをかけた瞬間の“ちょっとした差”が、AI時代の明暗を分けるのです。

【参考情報】データソース・補足

本記事で示した解析時間は、公開されている RTX 4090 および RTX 5090 の hashcat ベンチマークをもとにした概算です。また、パスワード設計の考え方については NIST と OWASP の推奨、AIによる推測の傾向については PassGAN などの研究を参考にしています。

顧問 青嶋 信仁
顧問 青嶋 信仁
長年コンピューターフォレンジックの第一人者としてインシデントレスポンスに関わる全般の業務に従事。国内最大級の情報流出事故といわれる日本年金機構への不正アクセス事件では、政府からの直接指名を受けて第三者委員として対応。その他、複数の国家レベル事案対応や、数千人規模の企業の最高情報セキュリティアドバイザーなどを歴任。

メルマガ登録

人気記事ランキング

タグ一覧